名古屋地方裁判所 平成元年(わ)994号 判決 1989年12月08日
本籍
愛知県渥美郡田原町大字田原字南番場四六番地の九
住居
同所
会社役員
天野孝二
昭和五年一月一日生
右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官高畠久尚出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金八五〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罰となるべき事実)
被告人は、愛知県渥美郡田原町大字田原字南番場四六番地の九において、有限会社天野ポンプの名称で水道工事を営む傍ら、継続して有価証券の売買を行うことにより所得を得ていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、株式取引名義を自己のほか借名及び家族名を使用して取引を分散するなどの方法により、所得の一部を秘匿した上
第一 昭和六一年分の実際の総所得金額が三億三一〇三万三一七八円で、これに対する所得税額が二億一六九五万二六〇〇円であるのに、同六二年二月二八日、愛知県豊橋市前田町一丁目九番地四所在の豊橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が八三五万六七二七円で、これに対する所得税額が一四万四五〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、正規の所得税額との差額二億一六八〇万八一〇〇円を免れ
第二 昭和六二年分の実際の総所得金額が四億二〇三九万四二九四円で、これに対する所得税額が二億四二一八万二三〇〇円であるのに、同六三年三月一四日、前記豊橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一一八七万三二一二円で、これに対する所得税額が三五万三〇〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、正規の所得税額との差額二億四一八二万九三〇〇円を免れ
もって、いずれも不正の行為により所得税を免れたものである。
(証拠の標目)
判示各事実
一 被告人の当公判廷における供述
一 検察官請求証拠等関係カード甲1乃至25及び乙1乃至6の各証拠
判示第一の事実
一 同カード甲26の証拠
同 第二の事実
一 同カード甲27の証拠
(法令の適用)
罰条 所得税法二三八条第一項、二項
刑種の選択 懲役・罰金刑併科
併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、四八条二項(犯情の重い判示第二の罪の刑に法定加重・合算)
労役場留置 同法一八条
(量刑の事情)
本件は、水道施設工事業を営む傍ら継続して有価証券の売買を行って所得を得ていた被告人が、右有価証券の売買による所得を秘匿してこれに対する所得税の賦課を免れることにより資産の増殖をはかり、昭和六一年及び同六二年の両年度における総所得が合計七億五一四二万七四七二円であるのに、この内の有価証券の売買による所得をすべて秘匿し、右二年分合計四億五八六三万七四〇〇円に達する巨額の所得税をほ脱したもので、ほ脱率も同六一年度については九九・九パーセント、同六二年度については九九・八パーセントと極めて高率で右ほ脱額及びほ脱率のみからみても犯情甚だ重いものといえるが、加えて右所得の秘匿に当たっては国税当局による調査解明の困難な借名口座を多数用いて株式取引を行ったものであり、右取引の資料を例年所得税確定申告書の作成を依頼している顧問税理士(方事務員)に渡すことなく、一切これを秘匿したまま内容虚偽の所得税確定申告書を同税理士(方事務員)に作成させ、これにより判示のとおり各年度の所得税確定申告を行うなど、犯行の手段、態様も計画的かつ巧妙で悪質なものというべきで、被告人が犯行の動機として述べる、自己が狭心症の診断を受けたことから家族の将来を慮って本件犯行に及んだとする点も、判示の如き手段方法による莫大な所得税のほ脱行為について斟酌すべき余地はなく、本件脱税行為が一般の誠実な納税義務者に与える影響の大きさを考えると被告人の刑事責任は誠に重大であって、被告人が本件発覚後は修正申告により本税を完納したほか付帯税も自己名義の株式を処分して完納しており、爾後の適正な申告納税を誓って反省の態度を見せていること、前科のないこと等被告人に有利な事情のあることを極力斟酌してもなお本件を執行猶予に付するのは相当でなく、主文掲記の量刑は止むを得ないところである。
よって主文のとおり判決する。
(裁判官 金田智行)